2015年 短歌

12月  ペテルギウス座流星群

もうすぐに星の寿命の尽きるとふペテルギウスの赤色憂ひ

642光年隔つるといふペテルギウスほの赤色の心もとなし

ハレー彗星の残しゆきたる星屑の光るひとすじ流るる星よ

放射点頂度頭上に至るとき出会はむと待つ流るる星を

地球なる一〇〇q上空に星くず燃ゆる流るる星と

ほかほかと蒲(がま)の穂絮(ほわた)にくるまれよむかしのことを思い描くよ

田(ひつじだ)にまたのみどりの萌えいでてお米の国をしばし見守る

豆柿の青実黄色実拾ひあぐ柿渋とらむ渋染めをせむ

武蔵野にうけらの花の咲きにけり駆け寄りて見るその桃花褐(ももそめ)色を

新米のひと粒ひと粒噛みしめて喜びになる慶びになる


11月  樒の実

肌色の樒の種の弾け飛ぶ私の床をころころころと

なぜ故に毒をもてるか樒の実机上(きじょう)に弾け種を飛ばしぬ

それぞれの木々に等しく野分すぎ緑増したり林試の森は

水滴の一粒一粒大集合かくも大きく濁流をなす

アルフォンソマンゴジュースを朝な朝なその都度思ふ地球のことを

ブドウ科の貧乏かづらの橙の花托の色よあまりにも好き

一つ野分二つ野分の狭間にて真白真白しジンジャーの花

多摩川の源流近し紫ピンク釣舟草の花に近付く

けもの道おずおずとゆくおずおずとレンゲショウマの気高さに会ふ

描かむよ釣舟草に寄るときにトラマルハナバチやはり来てゐる


10月  睨めっこ

地球なる二〇〇〇年を費(つい)やしてベルセウス流星群の観測記録

額縁に青々海も描かるる鯛よ鰈よ中川一政

億年を石と化したる鬼やんま出逢えましたね睨めっこする

栗駒の山の雪解け水にて醸すやはらかき酒今年酒

常緑の雌雄同株椎の木の今年の椎の実まずひとつ落ち

くるくると高速なるか超速か渦巻き渦巻くこの世の基本

遠目にも白白槍穂高々とパンパスグラスはアルゼンチンより

奥多摩の山々覆ふ白雲は次第次第に私に来る

ふうわりとま白き雲に覆はれて自らの足確かめ確かめ

両の手にあまる角材黙々と彫りゆく先の地蔵尊菩薩


9月  江戸切子

石神井川神田川と隅田川会ひ合ふところ今日川開き

表面の張力然(しか)と整(ととの)ひて大き蓮葉に水玉光る

ここは今十万億土か不忍の蓮の花葉(はなは)に埋もれゐたり

電線の二本の線の影にさえ頼りてゆきぬ駅までの道

咲き初むる宵待草としばらくは並び立ちをり半分の月

上り坂下りゆく坂いくつ坂都電にてゆく面影橋へ

新幹線在来線都電をも一望にする飛鳥坂より

太陽も月も銀河も測り終へいよよ宇宙の重さに迫る

自らの集めし物の中にゐてあの日あの時この日このこと

厚き赤深くカットの江戸切子清々として一杯の水


8月  ハッブル定数

黒染の衣を纏ふ心地してTシャツジーンズ黒くなりをり

樟(くすのき)に四手(しで)注連縄の結ばれて天祖神社におとなしくゐる

沢山のさびしさだけが残りゆく日々変貌(へんぼう)を遂げゆくなかに

巻葉あり直ぐ立つ蕾浮き葉する不忍池を巡りて今日は

やすやすとエレベーターにて地下深く地下走りゆく地下鉄に乗る

地上には花咲きをらむ風吹かむかれこれ五十分を地下鉄のなか

茅萱(ちがや)の香ふっと香れり茅輪神事素盞鳴尊(ちのわしんじすさのおのみこと)の教へにひたる

枯れ茅萱香りの中に分け入りぬ父と母とを伴ふ心

はらはらと淡き紫散り敷けり樗(おうち)の花の花の絨毯

今も今も膨張続くと大宇宙疲れ果てをりハッブル定数


7月  過去へ未来へ

明後日満月となる定めにて少し足らざるまろみやさしい

籾米(もみまい)の二十四粒育(はぐく)まれひとりひと日の糧となるべし

マロニエの立房高々花咲けり心ゆききす過去へ未来へ

先達の描き残せし赤燈台同じ角度に私も今日は

身を寄する陰のなきまま真昼間の太陽のもとわが身を晒す

太陽の分身にして太陽のアレルギーは身深くもてり

薄塩のひと干しいか口売る店のベンチに長く人を待ちをり

金星と四日の月と木星とま向ひ帰る我家への道

まだ青さ残れる空の四日月金星木星供なひてゐる

一つ夜を寄せては返す波の音聞こえてゐたり地球のリズム


6月  今 日

自らの思考範囲を越ゆることこのごろ多しこのごろ凄まじ

ひたすらに青竹食ぶるパンダパンダ絵描きとなりて向ふひたすら

ゆき過ぎし春に追ひつく奥多摩は桜よ桃よ片栗土筆

譲(ゆず)り葉の譲らるる葉の萌えいづる保護者となりしごとく観てゐる

濃紫蘇芳(こむらさきすおう)の花の咲き初むる母に似合ひし着物の色よ

今はもふ山の気配は消え去りし道灌山の頂上に住む

寂しさの漂ひきたり今日の日のゆっくりゆっくり暮れてゆくとき

小花咲くシロイヌナズナの遺伝子のたった一つが壊れてゐると

目に見えぬ火山のガスを今日は見き可視化方法教わりし故

原点のかすかなゆらぎにはじまりぬそして私の今日の命に


5月  桜桜桜

錦絵と重ぬる景色の中にゐる近づきゆかむ昔への心

切り株に座りてゐたり桜木のこの木の未来終りてしまふ

桜木のもてる素質の桜色染めにし布を纏ひて今日は

真地球に腰をおろせり真地球に咲き満つ花を眺めてゐたり

無限とも流るるなかのひとひらを目追ひ失ふ積れるなかに

ごつごつの苔むす古木太幹にひと花咲きぬ初々咲きぬ

飛鳥なる花咲き初(そ)むるときに来よ桜御飯を炊きて待つゆえ

食器棚の奥の奥より取りいだす桜切子にロゼのシャンパン

花びらは雪か嵐か吹き飛べりその面影を私に残す

幾万か花満つ桜に寄りたりき苔むす古木の多きを憂う


4月  蝋 梅

ひとつ花拾ひあげたりポケットにポケットよりか臘梅かほる

広き葉は落ち尽したり冬の木を満たす花々満ち満つかほり

三粒ほど朱実をつけし万両の今年の鉢に小鳥来たらず

臘梅の厚き匂ひに分け入りぬ冬のコートを匂はせ帰る

いにしえの貝殻塚のその上に棲みつつ私の貝殻加ふ

雪は降る雪は降る降る雪は降る九段通りにシャンソン聞こゆ

太陽と地球との距離調度良し午後の日溜り私の部屋

寝(いね)る前もう一度見るベランダに健やかなるかオリオン星座

ニューヨーク零下十五度を知らせこし春近くしてまだ春でなし

ひよっとして氷河期かもしれないと暫く思ふ石の生い立ち


3月  太 陽

太陽をいで8分19秒光り集むる日向ぼっこよ

遮(さえぎ)るは何ものも無し一直線太陽よりの今朝の日溜り

ゆっくりと崩壊に向かふ太陽系憂ひてゐたり五十億年先

一万度の光あまねしシリウスの頼もしくあり向ひゆきゆく

生誕は四百年の前にして足跡(そくせき)たどる四百年の

江戸明治大正昭和の偲ばるる大手門橋渡りゆくとき

鴨達ののどかに居たる景色にて昨夜鴨鍋食せしことを

浜離宮の今日の泥んこ濡落葉つきたるままの靴履いてゐる

一枚も葉っぱ無くして直ぐ立つる欅とはじむ春への日々を

見慣れゐるはずの景色の見慣れない新幹線はひたに走れる


2月  宝石銀河団

くじら座の方に宝石銀河団96億年を隔つるひかり

星々が次々誕生していると宝石銀河団の方を向きをり

海底にありし礫質土壌にて今は美味しいぶどうの稔り

赤き実は鈴成りにして南天の大きひと枝担ぎかゆかむ

ころころと南天朱実のころころと小さき音する私の部屋

クリスマスホーリーの赤南天の赤一粒一粒太陽を持ち

この年と来る年との接点は寝(いね)たるままにやすやすと越へ

諸々のもの見えそむる初明り始むる始めむ新しき年

新しき年のはじめを心していよよ華やぎ過ごさむことを

くるくると渦巻落つる追羽子に思ひを馳せるブラックフォール


1月  光粒子

空高く一万メートルより降りきたりまず携帯の電源入るる

桜葉の落ち重なりて裏表錦の階段登りゆくゆく

蛍光の素質持たざるトレニアの蛍光色に咲くを嘆きつ

ひと粒の光粒子のあつまりに温々温し日向ぼっこ

和三盆片栗葛寒梅粉木型に打ち出し落雁ですよ

雁の絵を口に含めり溶けきたり三井晩鐘(みいのばんしょう)聞こへくるごと

髪の毛の細きを彫りゆく忠実に聖観音の結び髪です

一両も十両百両千両とそれぞれ赤実たわわの万両

父母(ちちはは)にあひあはむための新幹線父母亡くして今日は乗りをり

快速も特別快速もいでゆきぬまだまだ待ちをり普通列車を


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