2021年 短歌

6月  光 速

ポルトガル路面電車の窓の辺の甦りくる今朝の目覚めに

しっかりと閉ざし籠るる部屋内に何の役にもたてざるままよ

ささやかにもう少しほど生きゆくを諦めないで邪魔せぬよふに

まんまるのピンクの月に向ひゆくひとつ便りをポストに運ぶ

月面より地球を覗きし人のありケネディ宇宙センターへ行きき

幸せに向かひ歩みゐるごとしおおきピンクの月のいでくる

今日の日の地球のまろみのうえに立ちスキップしたき心となりて

目を閉じて思い出しをり飛行機の窓にやさしき地球のまろみ

シアノバクテリアのおかげかと朝のきれいな空気のなかに

樫の木に樫の花咲くときにして団栗になる日を忍ぶ

光とはどの方向に進んでも速度の変化の無きままと日向ぼっこ

光には邪魔者は無し光速は一定であり日向ぼっこ

これほどの現実のあり宇宙なるはじまる前のことへの無知は

眠られぬ夜は映像のギアナ高地エンジェルフォールの霧と消えゆく

思ひ出は地果つるところパタゴニア・パタゴン族の矢じり拾ひき

5月  八重桜

ビタミンD自らつくる自らに午後の斜めの日溜まりのもと

巨大過古ありたることのまざまざと石と化しをり巨大とんぼ

滞りなく過しをりこの日々を大きな過去を礎(いしづえ)にして

こともなく往復したりき四万キロ地球単位の距離の親しい

興福寺の八重桜が満開なりと後鳥羽天皇建久六年のこと

下の千本中の千本上の千本奥の千本桜花満ち満つ

神様と献木されし数万本静かに静かに花咲き満つる

何国語も必要のなきひとときよ吾が子等とのコーヒータイム

九ヶ月先に味噌と成熟すNYっ子の仕業残りぬ

あんなことこんなことも仕終へたり今日の一日も終りゆきゆく

母は亡し竹の子はどうすればいいのパソコン広ぐパソコンに教はる

竹薮が引越しをして来しごとくダンボールいっぱい竹の子届く

皮を剥く灰汁ぬきをするうす味に味付けをせし竹の子香る

地球なる人口78億人その数字の一人は私ですよ

人間の世界に通用しないような自分ひとりのひとりごち

4月  ブーゲンビリア

中国の古地図ひもとく峨眉山を漢詩となりて「峨眉山の月」

千年の昔のことを忍ばむよ今を生きゐる思考のままに

おおむねは理解出来ざることばかりほんの少しの近親(きんしん)残る

何故(なにゆえ)にこれほど鋭き棘をもつブーゲンビリア幾度刺され幾度痛い

お釈迦様生誕地にてネパール・ルンビニブーゲンビリアの花咲くといふ

楊梅(やまもも)の雄木小庭辺に直と立ち葉替えの落葉山を築きぬ

楊梅の雄木の花にて風媒花一・五キロ四方へ花粉を広ぐ

三輪山の伏流水なる甘酒に楊梅雄花の花見してゐる

家籠るテレビ画像に教わりぬもうすぐ土手の桜の開花

父母の庭に咲きたり桜花三河アララギ誌表紙に描く

国籍を二つ持ちをり吾が子等ともうすぐ咲くよ日本の桜

八重桜花の塩漬瓶詰めを常に持ちをり常に食みつつ

父母(ちちはは)に育くまれこしそのままを今朝も続くる続けゆきゆく

百万本その一輪かと水切りす真紅のバラのすこやかにあれ

欲望は大きく一つ粛粛と地球の上に生きてゐること

3月  聖観音菩薩

雨降りぬ風吹き荒れぬ雪積もりコーヒー木の枯れ枯れとなる

自粛とは自身の心に向かふこと彫刻刀と角材をもて

二千五百年前実在のシャカ族王子様仏陀となられし

桧科桧属針葉樹日本特産肌目良し一刀一刀香り立ち立つ

人間の姿に一番近いとぞわが観音像はわが手にて彫る

彫るといふ一刀一刀重ねつつ桧の香りに包まれをりぬ

彫るといふ動作の随(まにま)思ひ出づ知るを限りの仏陀のことを

まだ数(かぞ)へ得る現実の数字かと埋(うづ)もれゐたる桧木屑(きくず)に

新しき思ひ湧きつつ桧材仏陀となりてゆかれるところ

出家前のお釈迦様がモデルなりと聖観音菩薩像を彫らむとしをり

中国語日本語梵語チベット語漢語ウイグル語トルコ語書写されてをり観音経

左手は花茎長く蓮華の蕾右手に聞き初(そ)む花弁聖観音菩薩

怖いこと災の無き手助けを聖観音菩薩像彫らむとす

個別的全ての人に合はする救済一刀一刀偲びて彫らむ

鏡もて自らの首すじ確かむるわが身を加ふ観音様に

2月  赤道を

英国へ船旅をせし祖父にして「皇太子白馬」連れ来しことを

塩風と太陽光と夜の星と赤道よぎりてアルゼンチンへ

「赤い線引いてない」と驚けり赤道海域通過してゆき

地球なるまろみの見ゆる水平線四十五日間眺めつづけて

狛犬がシーサーもゐるペンギンも権現山の頂上に住む

門松も仏壇も神棚も父母の位牌も心の内に仕舞いあり

見下ろせる景色の中へ入りゆくうとう坂を下りきたりぬ

自の心の内の神様へ八海山の雪どけ水の大吟醸

擦りおろす柚子皮を練り込めり柚子香りたつ柚子切り出来る

二八の蕎麦茹であぐる冷水に締め新しき年となりたり

箱根西麓標高五十mスズナ・スズシロ・セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ

米五勺七倍ほどの水に炊く芽吹き七草七草粥を

ほんのりと日本のお米の甘さにと懐かしきごといとほしきごと

ひとつだに同じ形は無きといふ無限に続く無限の結晶

あのこともこのこともまた甦(よみがえ)る私一世のあのことこのこと

1月  注連縄

登りくる朝の光りは一直線水栽培の九条葱の辺

一直に私に来る太陽光一億四千九百六十万キロを

少しづつ明かるみきたる朝の陽に向かひて思ふ仕合わせだ

おおいなる宇宙の内にぽつねんと独り居る時太陽きたり

少しづつ位置の動きて太陽光私の範囲を離れゆきたり

また明日(あした)明日逢えるを心して残しゆきたる温もりに居る

ぐるぐると渦巻き初(そ)めて事始めぐるぐるぐると今の宇宙に

一つ一つ思ひ出もてり思ひだす私の一世に集まりし物

温もりの伝ひきたりてほのぼのと私の全身整ひてゆく

カイロとは「手」プラクティックは「技術」にてひととき居りぬギリシャ語の内

目に見えぬ黴菌群の漂ひに研ぎ澄ましをり全身全霊

裏庭の松と裏白と取り揃へ門松かざりき祖父と一緒に

まっ白く湯気たち込めてお餅搗き杵(きね)振り上げる祖父の面影

長く長く外つ国にをりしこと今年いただく茲姑のお節

父と母と続き続くる印(しるし)にて新藁香る注連縄とどく


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