2009年 短歌

12月  小紫式部

ぬくぬくの陽だまり電車にうとうとと高尾山に登らむとする

残りをりノハラアザミの最後花アサギマダラは静かに止まり

紅葉するテニナルモミジのその透き間ポツポツみゆる淡き青空

ブナの木のやさしい緑の下にきて頬張る頬張る大きおむすび

ブナの木とイヌブナの木と並びゐるイヌと名付きしそのことはりを

登りゆき下り来たりぬ五九九メートル筋肉痛は脹ら脛に

少しづつやはらぎきたり筋肉痛明後日に消えゆく予測

夕顔の蕾ほぐるる夕っ方誰に告げやふこの真っ白を

緑葉とチリチリ枯れ葉と朱の実とウリ坊もあり蔓カラスウリ

紫は小紫式部の紫よコロコロコロと床をコロコロ


カラスウリ

ヒマラヤに海の記憶の残る石かさねてゆかむ今の出来事

空高く七日の月の見え初むるいまだおとさぬわたしの影を

色付ける蜜柑の木下に小さくあり紀伊国屋文左衛門石文

石碑となりし手の形足の形巨きかった江戸の横綱

明日には引き払はるる故にして招かれて来し今日カラスウリ

 

ひと夏をおほきく栄えしカラスウリまた来る年の真白き花を

今日の日の命の糧と固くかむ磯のなまこの酢漬けのものを

一枚の葉っぱを土に挿してよりごろごろと芋今日の収穫

香りきて香りの粒子の中をゆく何処から来しか何処までつづく



11月  36℃

太陽の光の反射満月のまどか光を抱きてゐたり

朝あした門燈灯し来し家に帰りかゆかむ幾許晩し

40℃の水の温度のほのぼのと今日の一日の最後のシャワー

80℃少し熱めに立ててをり抹茶のかほりかほりたちくる

音たてて100℃に沸騰中バラの蕾のハーブティに注ぎ

遠い遠い星星よりも今日の日はひとりのひとの36℃

実となれぬゴーヤの花の黄の花ポロポロこぼるこぼるる止まず

ちりちりと枯れて縮むる葡萄の葉一片落ちて今日よりは秋

あたたかき心になりて見てをりぬ色付き初むる弓張山脈

たらちねの母の体温伝ひつつ共に見てゐき石巻山を



10月  Bファクトリー

秋の日のなほなほ暑き陽のなかを目指しゆきゆくBファクトリー

天然の球の形の球にして毬栗みどり棘棘みどり

みんなみへ渡りか行けるその頃よつくばで出会ひぬアサギマダラに

ほのぼのとアサギマダラの浅葱色陽電子の向きに向きゆく

未知といふことのひとつは解きゆかむ電子と陽電子と衝突の場所

わからないことが沢山あるゆえに毀さむといふ電子と陽電子と

放射能注意記号は意識して最先端を導く装置

はじまりのはじまりしことか右の手に感じられをり磁力の反発

夕闇はいまだきたらぬ地球にて闇の宇宙に思ひを馳せる

天高く平面にありきオリオン星座今日よりはみる深き奥行き

カリフォルニアをドライブせしこと38万キロ月までゆける距離かと想ふ

私の車の走行距離なりき月までゆける38万キロ

いまごろは目覚めてゐるか眠れるか真夜の白夜の太陽のもと


小望月

地球とふ水色惑星意識して今日の一日の滞りなし

ひと花にひと花ごとに立ち止まり黄花コスモス咲いている道

ブラインド明けて今日は七日月小望月までは見えないところ

ひとつ屋根ひとりをりつつ我儘に日々我儘になりまさりゆく

同じ向き向きてをりたり地平までひまはり畑のひまはりの花

咲いてゐるばかりではないひまはりの油を少し今日のサラダに

しばらくはアサギマダラに近くゐるひらひらと来てまた草にゆき



9月  ニュートリノ

菩提樹の円ら実おほきさ少し増しおほきさほどの時の過ぎしを

しろじろと上弦の月は左肩帰り行く道あともうすこし

人間の時間の単位と思はざりこともなく言ふ一三七億年

千早振神に頼りぬ結論は私の法を越ゆることごと

液体と気体と固体と特質を持ちをり水の温かき白湯

太陽の燃え尽きるとふこと次第うべなひゐたり七月吉日

千億の星星集ひ渦巻くと見上げてゐたり天の川銀河

ブナの木の木もれ日まろくまろくして大地にどっさり太陽のまる

こもれびのまろまろゆるるゆれゆるる太陽のまる大地にゆるる

孤独では無い気のしてをりここかしこニュートリノの降り注ぐとふ

今日幾つわたしを透りゆきしかとニュートリノの気配ひを追ひて

目に見えぬ凡そさえも朧朧それでも確かに存在すると

暗黒の宇宙に浮かぶ水色の地球にありてうろうろとただ

無限とも過ぎこし過ぎゆく時空の真中生きていますよ楽しいですよ

夕闇に星星赤く青白く核融合の反応の色

ニガウリの黄色の花も加はりて立ち話はしばらく続き

夕闇はゆっくりきたり七月の七日の満月あかるみはじむ

ヒマラヤの氷河の一滴一滴のガンジス河となりてゆく音



8月  天辺

阿倍川を大井川を天竜を越えて近づくあなたのもとに

静もれるあなたの家の傍らにジャガイモの花天辺に咲き

もふ会えぬかもしれない出でゆきに父を託しぬ母を託しぬ

ひとことに学びのありきひとことに従ひきたりひとこと終る

過ぎ行きし人を偲びて集ひをりひとひと同じ心になりて

一つ知る二つ知る知りはじむ次第次第に至らむ謙虚

完全に未知でありしは昨日まで今日は向かへりひとつの未知に

返り花幾つ咲きをり合歓の木の角を曲がりぬあとは真っ直ぐ

この夏をどこまで昇るニガウリの成り花小さい小さく黄色

目覚めてはまたとろとろと眠り継ぐ蘇らむよ明けゆくまでに

すぎゆきしあなたとあなたとあなたたちと心に有りて暫く生きる



7月  恐竜

地球なる歴史を確かにものがたりティタノサウルス化石に寄りぬ

爬虫類大地のトカゲと学名を巨大恐竜骨格化石

幾世代繋ぎしことか変化せしか大地のトカゲのゴンドワナ大陸

地球なる大地をのしたことだろう大腿骨よ上腕骨よ

マプサウルスの埋もれをりしその上を歩みしことをパタゴニア大地

こんなにも石と化したるカルシューム残しゆきたりマプサウルスは

恐竜の大腿骨に伝いゆく私の指の私の体温

自らは真中にをりぬ広ごるる宇宙の未来太古の化石

生物の死して残せる石油より水高価なりきネウケン州は

ジャノヒゲの中に有りたりトカゲの卵温められし気配なかりき

あまりにも古き代のあり繋ぎこし今の命のいといとほしい



6月  みかんの花

緑濃きみかんの葉群にいだかれて蕾の白と五弁の白と

真っ白なみかんの花のはちみつのひと匙ごとの明けゆく朝な

口腔に残るにほひのほのほのとみかんの白い花のはちみつ

地を覆ひ空気を染むる真黄色の菜の花畑の花粉にまみれ

括られて八百屋にありし蕗の葉を戻さむとする元の丸さに

フランスでスケッチせしはマロニエと日本で描きしは栃の木と言ひ

新月より一日一日の月もよふわがこととして月を観る日々

天と地と137億年の後見つけいだしぬひとりのひとを


命を

始めなく終りもなく永劫の宇宙といふに今日の命を

ほどほどの心地にをりぬ外は雨嵐になると予報の聞こゆ

きのうより大きさ増しぬ欅若葉あすは強さの加はるだらう

鋭かり花を守れるトゲトゲの棘取り除かれて薔薇の花咲く

原産は有史以前のインドとか長茄子水茄子スケッチしてゐる

つやつやの千両茄子のつやつやの茄子紺色に留まるしばし

抗菌と保温効果と美味しさとひねたる生姜すりおろしをり

切りゆけりどこもどこも子規居士の顔食しはしない金太郎飴

暮れゆける暮れの暗さに反比例白さえざえとどくだみの花



5月  0と∞と

何時の世に如何なる出来事起こりしかこの膨大な地球の水を

ま向かへる大西洋の海原の太平洋と異なる匂ひ

地球なるハリケーンに逆らひて白砂の上の私の家

天翔ける心地に観ゆる映像は水色をしてまんまる地球

水色の地球の上に伸びてこし一本つくし二本目つくし

一日の十五時間は留守にする家にひと欠けエベレストの石

大きさは0∞の密度とふ宇宙のことにかまけてこのごろ

のびちぢむ時間空間あるという宇宙創世困りて居るよ

何もかも無いということはありえない真空さえも何も無くない

空間も時間さえも無かりし過去の変化の末の今日の息する

地球上の水分子の総数も数え得るとて有限範囲



4月  彗星

NYより帰りゆく旅一万キロ飛行高度は一万メートル

しっかりと踏みしめてゐる立ちてゐる見下ろし続けし地球の上に

こちらへと向かひ来るよふそんな気の巨き金星めざして行くよ

太陽の光を反射してゐるとおおきい金星あかるい金星

太陽系三番目の地球より二番目金星ながめていたり

太陽より三番目にあり真地球よ今日は歩みぬ六千歩ほど

ひとたびよふたたび会へぬ彗星をしし座の方に見送るひとり

真夜にしてルーリン彗星通過中もふ出会へない出会ひを果たし

ハッブルの望遠鏡の映しだす太陽コロナのゆらぐゆらぎに

無生物化学反応の末にしてすこやかにあり私の鼓動

今もなほシアノバクテリアは繁殖中諾ひゐたる人の始まり


卵とじ

欲張りといふのでは無い自づから大き大空星みつる空

日本は今頃お昼と思ふとき丁度頭上にオリオン星座

昨日より今日が一番新しい137億年の末

富士山がだんだんおおきくなりきたり一番おおきいここでおむすび

おほいなる自然より来しタラに枝どこまで伸ぶる机の上で

ふるさとをひとりゆく道みちくさよ惚けし土筆も残さず摘みぬ

つくづくし晒しはしない土筆味ひとつ卵の卵に綴じて



3月  地球

ただひとつたったひとつを抱きつつ高度1万空を飛びゆく

空と海と分かつところのひとところ明るみ初むる今年のはじむ

白雲を透し一条朝の日のぬくぬくとして私のもと

ぽっかりと浮かぶ白雲その上の高層雲もまだまだ地球

コンピューター・シミュレーションと同じきよ海鳥たちは秩序して飛ぶ

天と海と分けて一筋群青の水平線の向こうはアフリカ

海鳥は群れつつ海を向きをリぬ人間もまた海に向かへり

磯砂にうずもれをりし貝殻よ大西洋の波に濯ぎぬ

空と海とただそれだけの風景の朝は明けゆく夕は闇ゆく

広すぎる宇宙のなかの星ひとつ望遠鏡を向けて近寄す



2月  マンハッタン

悲しくてもの悲しくして一人ゐるナリタエアポート・ターミナル2

シャンパンは五臓六腑にゆきわたりあのことこのこと諦むること

寂しさと嬉しさとを選べざり日本の国を離れゆきゆく

分度器をもて測りをり飛行機の離陸してゆくその上昇を

オポルトの酔ひにほんのりゐたるとき丁度越へゆくロッキー山脈

きらめきはクリスマスですクリスマスニューヨークの上空にゐる

天辺は見えざるままのビルとビルと摩天楼のひとつの窓に

いとほしさつのりきたりぬ足早に五番街の暮れの雑踏

日本国小さな田舎に生ひたちぬ今マンハッタンの人混みのなか

高層のビルの間に間のひとつ窓日は昇りくる日は沈みゆく

雪が降る横向きに吹く渦を巻くはるか下方に大地の見ゆる

人間の居ること拒むごとくしてマンハッタンは華氏十八度

おほひなる地球の過去に近づきぬティラノサウルス大腿骨辺り

何もかもおほきかったその時を高々見あぐ実物化石



1月  東雲

はらはらとカロチノイドの黄葉して裏葉表葉公孫樹の並木

東雲と銘もつ酒となりし水地球の水を今日の一献

朝の日を透す松葉の針葉のプラチナ色に輝ける刻

幸福の木のドラセナの変化して真夜に花咲く香りを放つ

ひとつ家満たして香るこの香り幸福の木に幸福の花

天辺に小さくなりぬ満月の十六夜月となりゆくところ

ニュートンの決めしこととて虹の色七色に見え百色に見え

太陽のひとすじ光をプリズムに数へていゐたり百の色合ひ

ま昼間の空の青さのそのままのそのまま暗い真夜の青空

青色の散乱してゐる今日の空良いお天気と挨拶交はし


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